Aug 29, 2017

News Boys

青色の布帛に黄色の文字、それだけでも十分目を惹く姿だ。加えて2種類の書体が使用されているので尚更興味深く、詳しく見てみるとポケットと紐も付いていて、これがエプロンだという事が分かる。


ではこのエプロンの正体は?というと、答えは文字にあった。上段にプリントされた"READ THE"のシンプルな書体に対して下段は恭しい書体で"Inquirer"とある、これは1829年から続くアメリカの新聞社"The Philadelphia Inquirer"のロゴの一部でクラシックな書体は(多少の変化はあるものの)現在も使われている。新聞社の名前が大々的にプリントされたエプロンやバッグは新聞の売り子たちが販売の際に身に付けていたもので、そういえば「ニュージーズ」という1899年にニューヨークで実際起こった新聞売り少年たち(News Boys)のストライキを題材にした映画があった。
持ち物目線で久しぶりに見てみると、ストライキを実行する主人公の少年(若かりし日のクリスチャン・ベイル!)が身につけていたのはベルトループに通したロープだけで、そこに新聞の束を引っ掛けている。他の少年たちも肩の上に担いだり脇に抱えるのが殆どで、結局目当てのエプロンやバッグは見つけられなかった。そこで当時の写真を検索してみると1900年前後では新聞の束を手で抱えている姿が多く、1910年以降少しずつバッグを持つ姿が見られるようになった。だが検索しながら何よりも気になったのは新聞を詰め込んだバッグを引きずるようにして持つ姿や、抱えた新聞が異様に大きく見えるほど彼、彼女らが幼い事だった。これらの写真には児童労働禁止へ尽力したルイス・ハインが撮影したものも多く、「ニュージーズ」でも売り子となるのは孤児や貧困層の子どもたちで、自らが捌けると思う部数を自費で買い取り、売れた分との差額が儲けになるという厳しい仕組みだった。
実際1899年のストライキもコスト削減のために販売価格は据え置いて仕入価格だけを値上げした新聞社に対抗したもので、ストライキは2週間続き最終的には新聞社が売れ残りを買い取る事で解決している。(値上げをした新聞社2社のうちのひとつはピューリッツアー賞を設立したジョーゼフ・ピューリッツァーの「ニューヨーク・ワールド」紙だった)その後アメリカでは1938年に労働基準法が成立し過酷な児童労働の禁止が制定された。


さて話を"Inquirer"のエプロンに戻すと、染色やプリントの具合から恐らく1950年〜60代のものだろうと推測されたのだが、実際に新聞を入れてみてこのエプロンがいかに実用的でなかったのかがよく分かった。マチが無いので入る部数も限られ、これを使った売り子はさぞや補充に手間取っただろうと想像する(つり銭を入れたり広告的な役割だったのかも)。しかも路上での販売から自転車での配達に移行してますますエプロンの出番が少なくなったのは容易に想像され、代わりに自転車に取り付けるタイプや車道での接触防止に夜光塗料が施されたバッグが登場している。
それにしても容れ物は時代に沿って変化しているのに新聞そのものは仕様や材質にほぼ変化が無いのも面白い。1899年も今もガサゴソと音を立てながら読むのだから。