カフタンのような服を着て杖を持つ裸足の男が立っている。
彼を取り囲むように並ぶ文字の意味は"LICHT"が光、"LEBEN"は命、そして" LIEBE"が愛、どれもドイツ語だ。
約7cmx9cmほどのスペースにいるこの男を初めて見た時、直ぐにイングマール・ベルイマンの『第七の封印』に出てくる死神を連想した。しかし、思い返してみると死神はチェスはしていたけど杖は持って無かったし、裸足でも無かったはず…と記憶の中の死神と目の前のカフタン男を脳内で比べるうちに下辺の文字“R•KAEHLER"が単語ではなく人名らしい事に気付いた。
そう、この小さな紙片はEXLIBRIS(蔵書票)だ。
樋田直人氏の著書「蔵書票の美」(小学館ライブラリー)によると、EXLIBRISはドイツ発祥説が有力で、ゲルマン民族では古くから所有物にしるしをつけることがよく行われ、他人のものと区別する習慣があったそうだ。活版印刷が発明されたのもドイツだし、書籍と蔵書票というのはとても自然な繋がりに思えた。
なにしろ欧米では15世紀ごろまでは羊皮紙が主流で、それ自体作るには膨大な時間と手間がかかるわけで、その上内容も手で書き写していたとなれば当時の書物がとんでもなく貴重な物だったのは容易に想像できる。
よって当時のEXLIBRISに『紋章』を使ったものが多かったのも、貴重かつ高価な書物を所有できたのが貴族等の階層に限られていたのが大きいのだろう。
しかしその後、活版印刷が発明された事により書物が一般の人々も所有できる事となり、EXLIBRISを作る人も増えた。そしてその後長い年月を経てはるばる日本にまで伝わったのだから、この小さな紙片に大きな浪漫を感じずにはいられない。
結局のところ死神を連想させたカフタン男が何を意味するかは分からない。物語の内容を表しているのかもしれないし、メッセージが含まれているのかもしれない。いずれにせよ自分の所有を表明するなんてとても個人的な事であるからこそ、絵柄にその人の好みやセンスがダイレクトに反映されている点も興味深い。紋章や家紋もあれば、モットーや縁起物、街の風景や静物などなど、この小さな紙片の中はとても自由だ。
Dr.HANSHOFMANNのものらしいが、カーテン越しにこちらを見てる人が・・・
日本では芹沢銈介、バーナードリーチ、竹久夢二、徳力富三郎、恩地孝四郎、武井武雄、谷中安規、前田千帆などなど錚々たる作家が手がけた作品も多く、また欧米で主流となったエッチングに比べ木版画が多いのも日本のEXLIBRISの特徴かもしれない。
そこで以前古書店で手に入れていた山高登自選全書票(1983-2006)を改めて見てみる。
300枚ほどある蔵書票のテーマを見てみると「飛行船」「手まわしのオルゴール」「暮れる駅」「紙漉き」「きせかえ」「天使と旗」などとてもバラエティーに富んでいる。資料を目的としているのでモノクロが大半なのだが、それでもどれも木版画ならではの温かみが伝わってくる。
300枚以上のデザインが並ぶ、圧巻
一番気になったのは25番「手まわしのオルゴール」