Feb 9, 2020

Forget you not

気がつけば2020年はとっくに始まっていて、もう2月になってしまった。

ゆく年もくる年もあまり実感のないまま過ぎてしまい、今頃になってスマートフォンに保存している2019年の画像を見返したりしている。音楽や香りも記憶を呼び寄せるきっかけにはなるけど、画像や映像のダイレクトさには敵わない気がする。2019年に撮った記録を見ているとその時の肌感覚まで強烈に思い返すものもあれば、すっかり消え去っていた記憶を連れ戻してくれるものもある。

記録に関するものといえばこんなものがある。



13.5x18.0cmの用紙に「旅の記録」というタイトル、楽しげなイラストは柳原良平氏によるもので、この他にもいくつかの場面が描かれている












これは富士フイルムが一般家庭用に開発した8mm映画の規格「シングル-8」システム用のカメラ及び周辺機器の販促品で、要は映画撮影時のタイトルバックらしく、当時のイベントがタイトルと共に描かれている。現代だとハロウィン辺りが採用されても良さそうだが、これが描かれた頃はきっとハロウィンだなんてテレビの向こう側の出来事で、まさか何十年後に渋谷のスクランブル交差点があんな騒ぎになるだなんて考えてもいなかっただろう。初詣のお母さんらしき人や花嫁の衣装も和装だったり、冬のレジャーもスノーボードでは無くスキーであるところなど、シンプルな構図の中からも時代性が見て取れる。



同封されている「タイトルの撮影法について」という説明書を読んでみると、確かにフジカシングル-8やフジクロームRT200という単語が登場する。富士フイルムのH.P.によるとシングル-8システムの発表とフジカシングル-8の発売は1965年、フジクロームRT200が発売されたのが1973年なので、この販促品もその前後に制作されたものと思われるが、もしかすると周辺機器が新発売される毎に説明書だけ改訂されていたのかもしれない。
また柳原氏と言えばサントリーのトリスシリーズが有名だが、サントリーの嘱託となり広告制作会社サン・アドを設立したのが1964年なので、サントリー以外の仕事を精力的にこなしていた頃ではないだろうか。



タイトルバックは全部で10種類あり、そのうち1枚は吹き出しがブランクになっていて「タイトル名を自分で書き入れてあなただけのタイトルとして利用して下さい」という気配りもきちんとなされている

柳原氏が描いたサントリー天国の表紙や山口瞳氏を初めとする書籍の装丁に使われた色は少しトーンを落とした色が多いのだが、これに関しては色がほぼ青・赤・黄・緑・紫・ベージュ・白のみで構成されてパキッと明るく、どこかディック・ブルーナ作品を連想させる。調べてみるとディック・ブルーナ氏と柳原良平氏は4歳違いのまさに同世代、そして「ちいさなうさこちゃん」の翻訳本が福音館書店から出版されたのはシングル-8システムが発表される前年の1964年である。当時の流行だったのか、メーカー側の指定だったのか、はたまた柳原サイドの発案だったのかは分からないが、真実はどうであれ妄想を巡らせるだけでも楽しい。更には旅の手段として描かれているのが柳原氏の代名詞である船(頭上には飛行機も)だというのも嬉しいポイントだ。

今ではスマートフォンでも高画質の画像や映像を残すことができるが、ビデオカメラが登場するまでは8mmが主流であり、フジカシングル-8のコマーシャルは誰にでも簡単に取り扱えるという意味で「私にも写せます」がキャッチフレーズだったそうだ。当時8mmカメラを手に入れて日常を撮影した人々が投影された映像を眺める表情と今私たちがスマートフォンに残した記録を眺める表情はきっと同じに違いない

いつの時代も人は記録することを望み、記録の残し方は人ぞれぞれだ。
入念に準備をして撮ったものも良いが、何気なく残した画像や映像が後になって思いがけずとても大切になる事もある。

忘れないために、いつでも思い出せるように、記録することを私たちはやめないのです。