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Aug 22, 2021

The lady in the van

同じ映画やドラマを何度も観てしまうタイプだ。

これにはストーリーが好きで何度も見返す時と、視覚的に気になる部分(景色や衣装、小道具etc.)があって見返す時の2パターンがある。


『素晴らしき哉、人生!』は前者だし、名探偵ポワロのドラマシリーズは前者でもあり後者でもある。


『ミス・シェパードをお手本に』(原題 The lady in the van)はどちらかというと後者だ。

今作は英国人作家アラン・ベネットの実体験に基づく戯曲の映画化で、2つの名誉爵位を持つマギー・スミスがホームレス役というのが話題となったおかしみと哀しみを抱えた良作なのだが、ストーリーと同時に主人公アランの着こなしと彼が使うマグカップが気になってその後何度か見返している。


まずアランの着こなしだが、それは(ほぼ)一貫してボタンダウンのシャツにタイ、そこにハイゲージのVネックニットorベストの組み合わせで、外出時にはジャケットやコート(靴はスエードのオックスフォードがメイン)がプラスされる。しかもボトムスも含めたアイテムの殆どが無地で、その頑なまでに崩さないスタイルから彼の神経質な性格も感じ取ることができる。

中でも色合わせは注目に値するもので(個人的に)、今回改めて見直したのでその幾つかを列挙したい。


ある日の組み合わせはサックスブルーのボタンダウンにモスグリーンのウールタイとネイビーのニットベストだが、同じ色目のシャツにネイビーのウールタイとえんじ色のニットベストもある。マスタードイエローのコーデュロイジャケットを着た日は少し濃いブルーのボタンダウンにえんじ色のウールタイとネイビーのニットベストを合わせてるし、淡いピンクのシャツにネイビーのウールタイとえんじ色のニットベストという日もある。

室内でタイを外している時は第一ボタンを開けて襟のボタンも外しニットカーディガンと合わせ、キャメルのダッフルコートにキャンバスのリュックを合わせた外出時は淡いピンクのシャツにネイビーのクルーニットでネクタイはせず、コットンパンツの裾をラインソックスにインして白のスニーカー、とTPOに応じて細かく変化をつけている。

中でも特に好きなのはフランネルっぽい厚手の緑のシャツに青のタイ、ネイビーのニットベストの組み合わせで(これにはチノっぽいカーキのコットンパンツを合わせている)、全編に渡ってそのセンスの良い色合わせのおかげで限られたアイテムなのにとても表情は豊かで、スタイリングの楽しさを存分に味わえる。

終盤本人役でカメオ出演したアラン・ベネットも鮮やかなオレンジ色のマフラーをしていて、本人のファッションが強く反映されていることが窺える。


次にアランが愛用する青と白のボーダーのマグカップだ。

見返すとそのボーダーはマグカップだけに限らず、ミルクジャグやプレート、ボウル、塩胡椒入れのような物も確認できる(キッチン棚のシーンは思わず一時停止して凝視した)。気になって調べてみると英国の老舗メーカーT.G.GREEN社の現在も製造されているコーニッシュウエアシリーズのものだった。そのボーダーは白地に青が色付けされたものではなく、白の上に重ねた青色を削り落として下の白地を出しているので、表面にはボーダーの柄に沿って凹凸がある為、手触りも独特だ。

年代によって細部のデザインが変わるのだが、個人的に今集めているものは1930~60年代に製造されたもので、ハンドル部分が現行よりも華奢なデザインになっていてポップなボーダーとのアンバランスさが面白い。







英国、ボーダー、色合わせでもう一人思い出すといえばデイヴィッド・ホックニーだろう。

アラン・べネットとデイヴィッド・ホックニーは同世代であり、もし彼らが同じ場に集ったなら、その場はとても華やかだろうと想像する。そういえば2014年に英国ブランドのBurberry Prorsumが”Writers and Painters”をコレクションテーマとして彼ら2人からインスパイアされた作品を発表していたのだった。仮想の場だけど、彼らが既に同じ場にいたと知ってなんだか嬉しくなった。



Feb 9, 2020

Forget you not

気がつけば2020年はとっくに始まっていて、もう2月になってしまった。

ゆく年もくる年もあまり実感のないまま過ぎてしまい、今頃になってスマートフォンに保存している2019年の画像を見返したりしている。音楽や香りも記憶を呼び寄せるきっかけにはなるけど、画像や映像のダイレクトさには敵わない気がする。2019年に撮った記録を見ているとその時の肌感覚まで強烈に思い返すものもあれば、すっかり消え去っていた記憶を連れ戻してくれるものもある。

記録に関するものといえばこんなものがある。



13.5x18.0cmの用紙に「旅の記録」というタイトル、楽しげなイラストは柳原良平氏によるもので、この他にもいくつかの場面が描かれている












これは富士フイルムが一般家庭用に開発した8mm映画の規格「シングル-8」システム用のカメラ及び周辺機器の販促品で、要は映画撮影時のタイトルバックらしく、当時のイベントがタイトルと共に描かれている。現代だとハロウィン辺りが採用されても良さそうだが、これが描かれた頃はきっとハロウィンだなんてテレビの向こう側の出来事で、まさか何十年後に渋谷のスクランブル交差点があんな騒ぎになるだなんて考えてもいなかっただろう。初詣のお母さんらしき人や花嫁の衣装も和装だったり、冬のレジャーもスノーボードでは無くスキーであるところなど、シンプルな構図の中からも時代性が見て取れる。



同封されている「タイトルの撮影法について」という説明書を読んでみると、確かにフジカシングル-8やフジクロームRT200という単語が登場する。富士フイルムのH.P.によるとシングル-8システムの発表とフジカシングル-8の発売は1965年、フジクロームRT200が発売されたのが1973年なので、この販促品もその前後に制作されたものと思われるが、もしかすると周辺機器が新発売される毎に説明書だけ改訂されていたのかもしれない。
また柳原氏と言えばサントリーのトリスシリーズが有名だが、サントリーの嘱託となり広告制作会社サン・アドを設立したのが1964年なので、サントリー以外の仕事を精力的にこなしていた頃ではないだろうか。



タイトルバックは全部で10種類あり、そのうち1枚は吹き出しがブランクになっていて「タイトル名を自分で書き入れてあなただけのタイトルとして利用して下さい」という気配りもきちんとなされている

柳原氏が描いたサントリー天国の表紙や山口瞳氏を初めとする書籍の装丁に使われた色は少しトーンを落とした色が多いのだが、これに関しては色がほぼ青・赤・黄・緑・紫・ベージュ・白のみで構成されてパキッと明るく、どこかディック・ブルーナ作品を連想させる。調べてみるとディック・ブルーナ氏と柳原良平氏は4歳違いのまさに同世代、そして「ちいさなうさこちゃん」の翻訳本が福音館書店から出版されたのはシングル-8システムが発表される前年の1964年である。当時の流行だったのか、メーカー側の指定だったのか、はたまた柳原サイドの発案だったのかは分からないが、真実はどうであれ妄想を巡らせるだけでも楽しい。更には旅の手段として描かれているのが柳原氏の代名詞である船(頭上には飛行機も)だというのも嬉しいポイントだ。

今ではスマートフォンでも高画質の画像や映像を残すことができるが、ビデオカメラが登場するまでは8mmが主流であり、フジカシングル-8のコマーシャルは誰にでも簡単に取り扱えるという意味で「私にも写せます」がキャッチフレーズだったそうだ。当時8mmカメラを手に入れて日常を撮影した人々が投影された映像を眺める表情と今私たちがスマートフォンに残した記録を眺める表情はきっと同じに違いない

いつの時代も人は記録することを望み、記録の残し方は人ぞれぞれだ。
入念に準備をして撮ったものも良いが、何気なく残した画像や映像が後になって思いがけずとても大切になる事もある。

忘れないために、いつでも思い出せるように、記録することを私たちはやめないのです。





Oct 6, 2018

Catch me if you can


飛行機を身近に感じる環境で育ったので、今でもエアラインものを見るとついつい反応するのはもう逃れられない運命だと思っている。授業中、飛行機の音が聞こえる度にどの航空機が飛んでいるのか(こっそり)サインで伝達するのが小学校では流行っていたし、航空会社の種類や機体の型を沢山知っているだけで皆から一目置かれたものだ。なので今でも飛行機の音を耳にすると、自然とその姿を目で追ってしてしまう。

当時飛行機好きの仲間にはそれぞれに推しの航空会社があり、個人的なお気に入りはルフトハンザだった。ベースの濃い青色にどーんと黄色の円、その中央に左上を向いて飛ぶ鶴のマークが配されていて特に翼のデザインが格好良くてとても好きだった。同じ青×黄でもシンガポール航空のは意匠が強すぎてあまり好きではなく、シンガポール航空推しの友人とどちらが格好良いか言い合ったのを良く覚えている。またドクターイエローのように、見ると良い事があると言われていたのがタイ航空で、今考えると単に便数が少なかっただけなのだろうけど、次はどれが飛ぶのかと全校集会でも授業中でもソワソワと頭上を気にしていたものだ。

あの頃の自分にオリンピック航空について尋ねてもきっと首をかしげるだろう。何故なら当時日本にはオリンピック航空は就航しておらず、その存在すら知らなかったからだ。
あれからかなりの年月が流れ、ようやくオリンピック航空の存在を知ったのは機内食用のトレーがきっかけだった。それはメラミン素材で出来たシンプルで美しいデザインの食器なのだけれど、何よりもどれも少しだけ色がくすんでいるのが気に入っている。



このシリーズには製造元が幾つかあるようで、今回集めたものにはイギリスのDISPOWEAR社と日本のノリタケのものが存在している。

"NORITAKE JAPAN"の刻印は小さく控えめに。

こちらは"DISPOWEAR LONDON"と大々的に。

これは社名は無く"6"か"8"の刻印のみ。緑というより抹茶色なのが良い。

調べてみるとノリタケは1961年に日本で始めてメラミン食器を製造しており、その後他社に製造・販売を引き渡しているようだ。メラミン食器の材料となるメラミン樹脂自体は1938年にスイスで誕生していて、第二次世界大戦中にアメリカ海軍に使用されたのがきっかけで世界に広まったらしい。

機内用のアイテムは航空会社によって雰囲気も大きく異なり、それぞれの特徴を知るのはとても楽しい。あの頃は尾翼のマークに一喜一憂していたが、今ではその周辺に使われているあれこれにも一喜一憂しているわけだ。(11月に開催するポップアップストアではこのメラミントレーのシリーズを含め幾つかエアラインものを販売する予定です。)

もしタイムマシンがあるならば、あの頃の自分に会いに行って自慢気にこう話すだろう。
「オリンピック航空ってあるんやで。しかもマークは五輪ではなく六輪やねんで。」と。

Dec 24, 2017

The Wall and I

新年に向けてそろそろ壁面を入れ替えようと思い候補になるものを出してみたら結構な数の「入れ替え待ち」がある事に気がついた。いつか飾ろうと思ってその都度手に入れたものがそれなりの量になってしまっている。

絵や写真が飾られているのが自然な環境で育ったので、壁面に何も無い空間は少し苦手だ。今の家に引っ越した時もまず最初にしたのは空っぽの壁に前の部屋から持ってきたレンテン族の布(風呂敷)を飾ることで、居慣れない空間に見慣れた物が在るというのがこんなにも心強い事なのだと痛感した出来事だった。きっとそれは人によっては誰かの存在であったり家具であったり、はたまた香りや音楽であったりするのだろうけど、いずれにせよ自分の眼や身体に馴染んだものが側にあるというのは頼りになる。

広げた入れ替え待ちを前にしてみると、どれもまだ額装していない事に気付く。以前なら額装しないといけない、と焦るところだがここ最近自分が好きなものを気ままに貼ったり付けたりしているうちに額装へのこだわりもすっかりなくなってしまった。中には額装すると決めているものもあるけれノープランのものも多く、とりあえず今飾りたいものを先にピックアップしてみる。

まずは少しずつ集めているドイツのTHILO MAATSCH1900-1983)のスモールピース。シンプルだけれどもインパクトのある構図、しかも黒と金という強い組み合わせのはずなのに柔らかな印象で、そこがとても良い。



次の2枚は何年か前に奈良の空樒で購入した東泰秀さんの作品。確かジョルジョ・モランディをテーマにした企画展で、本来この作品には甲斐みのりさんのテキストが別紙で添えられている素敵な冊子なのだけれど、いつか飾りたくて冊子にせずに置いていたもの。車窓からの景色と宝物のように仕舞われた人形や小物、どちらもとても好きなテイストだ。




THILO MAATSCHの作品は初めから額装するつもりだったので早速細めの黒フレームで素っ気ないぐらいあっさりした額装をオーダーした。古い額縁も似合いそうだけれど、他の2枚とのバランスを考えて今回は新しいものにした。

直感で選んだ3枚に強引ながら新年への抱負を重ねるとすると、色んな場所に飛んでいき、色んな景色を見て、大切に感じるものを一つでも多く見つけていきたい、というところだろうか。

額装の仕上がりが今からとても楽しみだ。





Jul 26, 2017

フレーミングの法則

その美しい表紙を見た時、とても不思議な感覚に陥った。この作品を知っているはずなのに、記憶のものとはどこかが決定的に違うのだ。


表紙を持ったまま首をかしげる事しばし、なんとか記憶の引き出しから小村雪岱を取り出す事に成功。厳密には小村雪岱の「雪の朝」という作品の一部。(下画像の左ページが作品の全体像)

これはアムステルダム国立美術館(RIJKSMUSEUM)で2016年に開催された日本版画の収集家エリーズ・ウィッセル(ELISE WESSELS)氏のコレクション展
"JAPAN:MODERN. JAPANESE PRINTS FROM THE ELISE WESSELS COLLECTION"
の図録、これがたいそう面白い。
青〜黄緑〜ピンクと美しいグラデーションになっているPP素材のケミカルなカバーに版画が包まれているという対比もユニーク。
裏表紙には「JAPAN:MODERN ジャパン モダン」の文字

表紙だけでも既に前のめりだったのが、ページを進めていくともっと心を奪われた。
小早川清の脚

川西英と前川千帆の波止場

川西英と川上澄生の夜の群衆

ところどころに挟み込まれれたこれらのクローズアップは、選び方や切り取り方が面白く図録全体にリズムをもたらしている。作品の全体像と見比べていると、まるで実際の会場で遠くからだったり近づいたりしながら見ているような気分だ。
小泉癸巳男「羽田空港飛行場」1937年



右ページ 恩地孝四郎「ダイビング」1932年


この図録の素晴らしいところはセンスの良い構成だけでなく資料としてもとても優れている点。歌川広重や葛飾北斎、菱川師宣等の浮世絵(TRADITIONAL JAPANESE PRINTSと明記)に始まり、コレクション展のメインテーマである創作版画"CREATIVE PRINTS"と新版画"NEW PRINTS"についてその成り立ちと歴史に関するマニアックな解説(版元の渡辺庄三郎や小林文七の名前まで出てくる!)、またそれぞれの代表的な作家(前者は山本鼎や樋口五葉等、後者は伊東深水、川瀬巴水等)についても詳細な情報が記載されている。
特に20世紀前半の50年間で変貌する日本の文化や混沌の様子(特に大都市となる東京)を創作版画と新版画が記録しているという内容(たぶん)の解説が印象的だった。

恩地孝四郎 L'outomne(左) L'hiver(右)1927年

川瀬巴水 二重橋の朝 1930年(左) 相州前川の雨 1932年(右)

深沢索一 昭和通ガソリンや 1933年(左) 諏訪兼紀 浅草 1930年(右)

小泉癸巳男 東京駅と中央郵便局 1936年

辞書を片手に作品と解説の間を何度も行き来するのは苦しくも楽しい作業だ。アムステルダム国立美術館の場所はとっくに確認済みである。



Oct 7, 2016

Dear Mr. Peanut

その人はいつもピカピカのトップハットを被っている。
片眼鏡をかけ、白手袋をした手にはステッキ、黒靴に白のシューズスパッツの組み合わせを愛用している。

その人の名前は Mr. Peanut 、常に微笑みを忘れない紳士である。


ピーナッツ氏はアメリカにあるプランターズ社のブランドアイコンとして1916年に誕生し、めでたくも今年で100歳になられた企業マスコットキャラクターの先駆けである。
一般公募で選ばれたアントニオ少年のデザイン(ピーナッツに手と足が生えたシンプルなもの)に広告デザイナーがトップハットと片眼鏡、ステッキを追加したものが原型なのだそうだ。
その後の長い歴史の中でピーナッツ氏は度重なるマイナーチェンジを繰り返し、メリエスの月世界旅行に出てきそうな風貌から始まり、上記画像のようなお馴染みのデザインを経て現在ではスタンリー・ザ・マスクのような3Dアニメ風となって日々広報活動に勤しんでおられる様子、まだまだ現役です。(100年間におけるピーナッツ氏の華麗なる変身はこちら。)


今回そんなピーナッツ氏が登場するグラスが良い状態で見つかったので、10月末に神戸で開催する出張ブロカント『アチコチズストア』にて販売する予定。パキッと清々しい青と黄はプランターズ社のシンボルカラーであり、この意匠はそもそもブリキ缶のパッケージに使用されていて同社では長い間定番商品だったもの。それをそのままグラスにしたこちらはピーナッツ氏も一番馴染みのある頃の姿をしているので(1980年代前半のものと思われます)、是非とも手にとって直接ご対面いただければと思います。

個人的にMr.Peanut愛好者として忘れてはいけないのがイラストレーターの安西水丸さん。
作品やアトリエ風景の中にピーナッツ氏の姿を確認して以来、勝手に親近感を覚え、ますますファンになったものだ。安西さんの緩やかな線で描かれるピーナッツ氏を眺めると、つくづく絵になる紳士だと思うのです。

『ニュースと時報』1986年

May 10, 2016

New Items

土人形の俵牛、木製の船、土人形の兵隊

フォトジェニックな3点をachikochiz shopにアップしました。

メイド・イン・ジャポンの軽快さと奥深さをご覧ください。
なにとぞ、なにとぞ。




Apr 18, 2016

1954

1954年が気になる。

というのも、ここ最近気になったものが偶然にも
1954年のものだったから、という単純な理由。

時代はミッドセンチュリーど真ん中、各年それぞれを
クローズアップすれば素晴らしい作品に出会うのは当然、
という事実は今回はそっと横に置かせていただきたい。

その1
SAUL LEITER "Bus, New York 1954"


ソール・ライターは1946年からカラー写真を撮り始めたそうだが
当時はまだモノクロ写真が主流の時代で、カラー写真はあくまでも
記録用という捉えられ方だったらしい。
(カラー写真なんてやめておけと当時の写真家仲間から言われたと
ソール自身も語っている)

ハーパーズ バザー等のファッション誌で活躍しつつも1981年にスタジオを
閉鎖して一線から姿を消したソール・ライター。元々自分の作品を積極的に
発表する事を好まない彼はカラー作品を始め日常的に撮り続けた多くの作品を
あくまでも個人的なものとして世に出さずにいたが、1990年代に入りのちの
ソール・ライター財団ディレクターとなるマーギット・アーブに出会った事で
その膨大なコレクションが発表されることとなる。

初期のカラー作品(1940年代〜1950年代)を集めた写真集"Early Color"が
Steidl社から出版されたのは2006年。出版に尽力されたマーギットさんには
ただただ感謝したい。
それにしてもこの写真集の装丁はデザイン、サイズバランス、質感etc.
全てにおいて完璧で、例えばこの頁のちり(表紙が内側に巻かれている部分)
の赤とバスの車体の赤のなんとも美しいこと・・・。
さすがSteidl社、表紙だけでもずっと眺めていられる。


*ちなみにSaul LeiterとSteidl社については偶然にもそれぞれを扱った
ドキュメンタリー映画が近年製作&公開されている。
『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』
『世界一美しい本を作る男 〜シュタイデルとの旅〜』


その2
GIORGIO MORANDI "Still Life 1954"


これまた愛してやまないジョルジョ・モランディの作品。
昨年末から始まった「終わりなき変奏」展を訪れた際(結局3回行ってしまった)
気づいたら何故かこの作品の前でいつも足が固まっていた。

ルイジ・ギッリに代表されるモランディのアトリエ写真を見ていると
そこには繰り返し描かれた静物画のモチーフとなる缶や壜のオブジェが
棚や床に所狭しと置かれている。しかもその中にはモランディ自身によって
色を塗られたり、オブジェ同士を接合して不思議な形にカスタマイズされたもの
もあって大変興味深い。またそれらに積もった埃は払うことを禁じられていた事や
構図の配置を正確に記録する為、無数のマーキングの跡がテーブルや紙の上に書き
残されていたこと等を知れば知るほど、繰り返し描かれた対象物との果てしない
関係性の深さに圧倒される。

余談であるが「静物画」の表記は英語では"Still Life"(動かざる生命)なのに対して
イタリア語では"natura morta"(死せる自然)とまるで違うのが面白い。
実際モランディの作品も画集によってそれぞれ表記は異なっている。
(以下、現代美術用語辞典から引用)
語源的にはゲルマン語系のstilleven(蘭)、stilleben(独)、still life(英)と、
ラテン語系のnatura morta(伊)、nature morte(仏)の2系統がある。
stilleven(直訳すれば「動かざる生命」)は17世紀中頃オランダで現れた表現であり
事物の静止性という側面を取り上げている。それに対しnatura morta(直訳すれば
「死せる自然」)は18世紀イタリアでの造語であり、当時アカデミズムにより
上位のジャンルとされていた歴史画、肖像画がnatura vivente(生きている自然)
と呼ばれていたのに対して、静物画を蔑視的にこう呼んだのである。


その3
木村伊兵衛「パリ 1954-55」


「木村伊兵衛 パリ残像」展で見たこの作品もまたもや1954年。
壁の赤と緑がまず目に飛び込んでくるが、ペンキ塗り職人の作業エプロンの
白色と梯子の存在がとても印象的な作品である。

木村伊兵衛は1954年に富士フィルムから開発されたばかりのカラーフィルムを
託され初めてパリを訪れているが、当時日本から海外へ渡航するのは容易なこと
ではなく、実際「アサヒカメラ」の編集長から「夢物語かも知れないが外国へ
行く気はないか (以下省略)」と話を持ちかけられたという文章を残している。
(『フォトアート』臨時創刊 木村伊兵衛読本 研光社 1956年 8月)
今回展示されていた当時の作品と「撮影日記」に記された言葉からは、初めて触れる
パリの空気感や人々の内面への新鮮な驚きが現れていて、試行錯誤を楽しみながら
撮影していた様子がうかがえた。

前述のソール・ライターと木村伊兵衛、それぞれが1954年にニューヨークとパリで
色を探して撮影していたと思うとそれだけで楽しくなる。もちろんボローニャでは
モランディが相変わらずオブジェと対話していたであろう。

ついでに1954年の日本での出来事も調べてみたところ、1954年2月30日は鬼太郎
(もちろんゲゲゲの鬼太郎)が墓から生まれた年なのだそうだ。

いずれにせよ1954年は特別な年号になりました。

Mar 6, 2016

Weisbecker & Carpentry Tools

移転した竹中大工道具館にやっと訪問することができた。
展示内容などはここでは割愛するが、
「木の香りの中で、ずらりと並ぶ美しい道具類と大工の技を愛でる」
これに反応した方には是非とも訪問をお勧めしたい。
(見る以外にもボランティアの方による詳しい解説や木工体験、
ライブラリーもあり、行かれる際には長めの時間配分を)

しかも訪問したおまけに、というか個人的にはかなり楽しみにしていた
ものが入館の際に配られる入場券。
フィリップ・ワイズベッカーのデザインの『鉋』。

逆パースと呼ばれる彼のデザインは上から横から斜めからと色々眺めて
視点を探すのが面白い。平面なのに奥行を感じる不思議。


ではその他のワイズベッカーもいくつかご紹介。
(作品集 ACCESSOIRES より)

(作品集 MARC'S CAMERA より)

これはフィリップ・ワイズベッカーがデットストックのノートに
1冊1テーマで描いた50冊以上のドローイングを再現したシリーズ。

「ACCESSOIRES」はワイズベッカーが好きな古いカタログの挿画を
切り抜いて描いたもの。時計や毛糸やベッドなどなど、元のカタログ(右頁)
と見比べるのも楽しい。ちなみにこの挿画を調べてみると電球のカタログと
思われるのだが、このドローイング(参考にした女性の挿画が右頁下にあり)
が何を意味しているかはさっぱり分からない・・・。

「MARC'S CAMERA」はタイトル通りマーク氏(ワイズベッカーの友人)
のカメラコレクションのドローイング。 RICOHを始め数々のカメラが
描かれている(羨ましい)。一見平坦なように見えるのにフィルムの
巻き上げツマミは今にも回せそうで、この不思議な感覚こそが彼の作品の
醍醐味だと思っている。


先の竹中大工道具館では鉋以外にも墨壺や鋸、 曲尺(「さしがね」表記)の作品が
移転オープンの際に描きおろされ、どれもとても魅力的である。
ワイズベッカーを片手に世界の大工道具を見て回る、これを思いついた人とは
仲良くなれそうな気がします。


Feb 28, 2016

New Items


検索結果

Gienのアザミ柄の平皿、Krautheim & Adelbergの角皿、
Hedwig Bollhagenのトレイセット。

個性的な3つの陶器をachikochiz shopにアップしました。
なにとぞ、なにとぞ。




Feb 7, 2016

Eyes > Mouth

近ごろ動物が急増している。
特に目ヂカラの有るものが集まってきている。

「目は口ほどに物を言う」と言うが、鋭い目に出会うと
ついつい手が伸びてしまう傾向にある。
そのうちの幾つかをここに。


新入りのイースター飾りのニワトリはまさにそんな感じである。
全てを悟っているかのような、そんな表情。
復活祭の装飾品でイースターエッグやイースターラビットは
よく耳にするが、実はイースターチキンなるものもあるそうで、
妙にどっしりとしているところが気に入っている。



もう一つはオアハカの木彫りの青カバ。
これは挑戦的と言うより、なんとも憎めないタレ目具合である。
とても強い彩色なのにこの目が全てのバランスを丸く収めている。
我が家の癒し系といったところか。

同じ木彫りの動物でも作られた目的も容姿も全く異なる。
それがおもしろくて、結果いろんな国の木彫りの動物が日々増加中。

最後に日本の木彫りをひとつ。

東北で作られたとても小さな木彫りの達磨。
身の丈5cmながら鋭い目つきであり、真一文字の口元も凛々しい。

が、そもそも達磨は動物カテゴリーなのか?
それについては現在審議中ということで。