Aug 11, 2022

Charade

先日ある人の膨大な切手コレクションを拝見する機会があった。幾重にも積み上げられたアルバムを眺めながら、そういえば自分もかつて熱心に集めていたのを思い出した。

熱心にと言っても小学生だった当時の自分に切手収集の奥深さを理解できるはずもなく、結局のところ「お気に入りの切手アルバムを恭しく開き」「切手をカテゴリーに分け」「先端が四角の切手専用のピンセットを使い」「指紋をつけないよう用心深くそーっと挟み込む」という一連の動作に情熱の殆どを傾けていたような気がする。

お小遣いから捻出したり、周りの大人に買ってもらったりして作り上げた渾身のアルバムは、結局2冊ぐらい完成したところで情熱も次第に薄れてしまい、いつの間にかアルバム自体も行方不明になってしまった。あの頃集めた切手はもうすっかり手元にないけれど、「集めたものを眺めてご機嫌になる」という今も続く収集癖の出発点は確かに切手だったと思う。

そういえばもう一つ、同じ様な時期に短期集中型で切手以上に熱心に集めていたものがあった。
小学生の頃、学校給食というのはパンであろうが白ご飯であろうが飲み物は牛乳だった。どんなメニューにも牛乳を合わせるのも驚きだが、当時の小学生たちが牛乳に付いている紙製のキャップをこぞって集めていたのはもっと驚きだ。
今思うとどうしてあんなものを・・・という戸惑いしかないが、その当時はレアな牛乳キャップを巡って多くの小学生が狂喜乱舞していたのだ。
例えば給食に出てくるような種類の牛乳キャップは流通数も多いので見向きもされず、フルーツ牛乳やコーヒー牛乳がレアものという位置付けで、ヨーグルトや地方にしか無い珍しいタイプを持っていようものならば皆から羨望の眼差しを向けられるのだった。レアなものや人気のあるものはその他のキャップ複数枚と交換されるので、おかげで対価や価値を学ぶことができたし、近所の牛乳屋さんに不要なフタを譲ってもらうという交渉術も身に付けられた。

「牛乳キャップ」で検索してみると、今もコレクションの対象になっているようで、懐かしいデザインを容易に見つける事が出来る。それにしても直径わずか3〜5cmの円形にメーカー名や種類、マークまで描かれていて、切手同様奥が深くて面白い。

さて今回私の手元にあるのは紙ではなく陶製のキャップ(蓋)である。


どれも英国のもので、TOOTH PASTE、TOOTH POWDER(歯磨き粉)、とAnchovy Paste(アンチョビペースト)だ。



蓋だけを集めてどうするか?という問いに答えは無い。
あるのはこれらを眺めてアンチョビペーストについて調べたり、歯磨き粉について思いを馳せる楽しい時間だ。
それにしても遠い異国でも「蓋だけ」を集める人がいるというのはなんだか心強い。
切手収集は今や世界共通だが、そう考えると紙製の牛乳キャップも同じように集めている人が世界にいるかもしれない。

切手が登場する映画といえば『Charade』(シャレード)だ。
オードリー・ヘプバーンの衣装の多くがジバンシイである事は有名だがこの作品も同様で(劇中に使われていたトランク類は確かヴィトンだったと思う)、特に最初のシーンで雪山をバックに登場する際の横顔のショットは強烈に印象に残っている。

映画のクライマックスで切手を鑑定した老紳士が「少しでも所有できたことが幸せだ」という趣旨の台詞を言う場面があるが、古いものを集めていると自分よりも長くこの世に存在する物に対して、あくまでも私自身は一時的な所有者にすぎないと痛感させられる。

切手もキャップも次の所有者に渡るまでわずかな時間しかいないから、今を存分に楽しみたい。