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Aug 22, 2021

The lady in the van

同じ映画やドラマを何度も観てしまうタイプだ。

これにはストーリーが好きで何度も見返す時と、視覚的に気になる部分(景色や衣装、小道具etc.)があって見返す時の2パターンがある。


『素晴らしき哉、人生!』は前者だし、名探偵ポワロのドラマシリーズは前者でもあり後者でもある。


『ミス・シェパードをお手本に』(原題 The lady in the van)はどちらかというと後者だ。

今作は英国人作家アラン・ベネットの実体験に基づく戯曲の映画化で、2つの名誉爵位を持つマギー・スミスがホームレス役というのが話題となったおかしみと哀しみを抱えた良作なのだが、ストーリーと同時に主人公アランの着こなしと彼が使うマグカップが気になってその後何度か見返している。


まずアランの着こなしだが、それは(ほぼ)一貫してボタンダウンのシャツにタイ、そこにハイゲージのVネックニットorベストの組み合わせで、外出時にはジャケットやコート(靴はスエードのオックスフォードがメイン)がプラスされる。しかもボトムスも含めたアイテムの殆どが無地で、その頑なまでに崩さないスタイルから彼の神経質な性格も感じ取ることができる。

中でも色合わせは注目に値するもので(個人的に)、今回改めて見直したのでその幾つかを列挙したい。


ある日の組み合わせはサックスブルーのボタンダウンにモスグリーンのウールタイとネイビーのニットベストだが、同じ色目のシャツにネイビーのウールタイとえんじ色のニットベストもある。マスタードイエローのコーデュロイジャケットを着た日は少し濃いブルーのボタンダウンにえんじ色のウールタイとネイビーのニットベストを合わせてるし、淡いピンクのシャツにネイビーのウールタイとえんじ色のニットベストという日もある。

室内でタイを外している時は第一ボタンを開けて襟のボタンも外しニットカーディガンと合わせ、キャメルのダッフルコートにキャンバスのリュックを合わせた外出時は淡いピンクのシャツにネイビーのクルーニットでネクタイはせず、コットンパンツの裾をラインソックスにインして白のスニーカー、とTPOに応じて細かく変化をつけている。

中でも特に好きなのはフランネルっぽい厚手の緑のシャツに青のタイ、ネイビーのニットベストの組み合わせで(これにはチノっぽいカーキのコットンパンツを合わせている)、全編に渡ってそのセンスの良い色合わせのおかげで限られたアイテムなのにとても表情は豊かで、スタイリングの楽しさを存分に味わえる。

終盤本人役でカメオ出演したアラン・ベネットも鮮やかなオレンジ色のマフラーをしていて、本人のファッションが強く反映されていることが窺える。


次にアランが愛用する青と白のボーダーのマグカップだ。

見返すとそのボーダーはマグカップだけに限らず、ミルクジャグやプレート、ボウル、塩胡椒入れのような物も確認できる(キッチン棚のシーンは思わず一時停止して凝視した)。気になって調べてみると英国の老舗メーカーT.G.GREEN社の現在も製造されているコーニッシュウエアシリーズのものだった。そのボーダーは白地に青が色付けされたものではなく、白の上に重ねた青色を削り落として下の白地を出しているので、表面にはボーダーの柄に沿って凹凸がある為、手触りも独特だ。

年代によって細部のデザインが変わるのだが、個人的に今集めているものは1930~60年代に製造されたもので、ハンドル部分が現行よりも華奢なデザインになっていてポップなボーダーとのアンバランスさが面白い。







英国、ボーダー、色合わせでもう一人思い出すといえばデイヴィッド・ホックニーだろう。

アラン・べネットとデイヴィッド・ホックニーは同世代であり、もし彼らが同じ場に集ったなら、その場はとても華やかだろうと想像する。そういえば2014年に英国ブランドのBurberry Prorsumが”Writers and Painters”をコレクションテーマとして彼ら2人からインスパイアされた作品を発表していたのだった。仮想の場だけど、彼らが既に同じ場にいたと知ってなんだか嬉しくなった。



Jun 27, 2021

The Seventh Seal

カフタンのような服を着て杖を持つ裸足の男が立っている。

彼を取り囲むように並ぶ文字の意味は"LICHT"が光、"LEBEN"は命、そして" LIEBE"が愛、どれもドイツ語だ。 




約7cmx9cmほどのスペースにいるこの男を初めて見た時、直ぐにイングマール・ベルイマンの『第七の封印』に出てくる死神を連想した。しかし、思い返してみると死神はチェスはしていたけど杖は持って無かったし、裸足でも無かったはず…と記憶の中の死神と目の前のカフタン男を脳内で比べるうちに下辺の文字“R•KAEHLER"が単語ではなく人名らしい事に気付いた。

そう、この小さな紙片はEXLIBRIS(蔵書票)だ。


樋田直人氏の著書「蔵書票の美」(小学館ライブラリー)によると、EXLIBRISはドイツ発祥説が有力で、ゲルマン民族では古くから所有物にしるしをつけることがよく行われ、他人のものと区別する習慣があったそうだ。活版印刷が発明されたのもドイツだし、書籍と蔵書票というのはとても自然な繋がりに思えた。


なにしろ欧米では15世紀ごろまでは羊皮紙が主流で、それ自体作るには膨大な時間と手間がかかるわけで、その上内容も手で書き写していたとなれば当時の書物がとんでもなく貴重な物だったのは容易に想像できる。

よって当時のEXLIBRISに『紋章』を使ったものが多かったのも、貴重かつ高価な書物を所有できたのが貴族等の階層に限られていたのが大きいのだろう。


しかしその後、活版印刷が発明された事により書物が一般の人々も所有できる事となり、EXLIBRISを作る人も増えた。そしてその後長い年月を経てはるばる日本にまで伝わったのだから、この小さな紙片に大きな浪漫を感じずにはいられない。



結局のところ死神を連想させたカフタン男が何を意味するかは分からない。物語の内容を表しているのかもしれないし、メッセージが含まれているのかもしれない。いずれにせよ自分の所有を表明するなんてとても個人的な事であるからこそ、絵柄にその人の好みやセンスがダイレクトに反映されている点も興味深い。紋章や家紋もあれば、モットーや縁起物、街の風景や静物などなど、この小さな紙片の中はとても自由だ。



Dr.HANSHOFMANNのものらしいが、カーテン越しにこちらを見てる人が・・・


ジョーカー??


こちらはHUGO SPERLING氏のもの
左下に置かれている本の表紙に[EXLIBRIS]の文字


太陽の周りには"DER BLICK UBER~" と文章が記されている
リヒャルト・ワーグナーの言葉で「世界を超えた視点こそが、世界を理解する」というような意味らしい

赤色の背景色に風車が印象的なMULLER氏のもの



日本では芹沢銈介、バーナードリーチ、竹久夢二、徳力富三郎、恩地孝四郎、武井武雄、谷中安規、前田千帆などなど錚々たる作家が手がけた作品も多く、また欧米で主流となったエッチングに比べ木版画が多いのも日本のEXLIBRISの特徴かもしれない。


そこで以前古書店で手に入れていた山高登自選全書票(1983-2006)を改めて見てみる。

300枚ほどある蔵書票のテーマを見てみると「飛行船」「手まわしのオルゴール」「暮れる駅」「紙漉き」「きせかえ」「天使と旗」などとてもバラエティーに富んでいる。資料を目的としているのでモノクロが大半なのだが、それでもどれも木版画ならではの温かみが伝わってくる。


300枚以上のデザインが並ぶ、圧巻


一番気になったのは25番「手まわしのオルゴール」


実物に貼り付けられている蔵書票は3枚。限られた色数でも表情は豊かだ。


ちなみに書物が羊皮紙では無く、和紙だった日本では蔵書票ならぬ蔵書印という文化が既にあり、正倉院御物には光明皇后の蔵書印が確認できるそうで、国や時代は違えど人が思い付くことに大差はないようだ。


捺印したり貼ったり、その作業はいつの時代も嬉しさと共にあるのだろう。


Feb 11, 2021

饅頭こわい

描かれてたキリストが修復後には全くの別人になってしまった、という騒動が何年か前にスペインの教会であった。

発覚当初は散々叩かれてたというのに画像が世に広まるにつれ話題の絵を見ようと教会への訪問者が増加、その結果入場料も徴収するようになり(保存や慈善活動に充てるらしい)更にはその絵をプリントしたグッズまでも販売されたのだそうだ。作者も教会側も色んな意味でまさかこんな事になるとは思って無かっただろうけど、今の時代を映した顛末だと思う。



この土人形の顔はまさにその騒動を思い起こさせるレベルだ。シルエットや凹凸から推察すると恐らく饅頭喰い人形なのだろうけど持っている他のと並べてみると全然違う、まさに別モノだ。



まず饅頭喰い人形ならば両手に饅頭を持っているはずなのだが見当たらない。

何故饅頭なのかというと、これは大人に父と母とどちらが好きかと聞かれた子どもが持っていた饅頭を二つに割ってどちらが美味しいか、と問い返したという説話からきているらしい。




この饅頭喰い人形(仮)にもそれらしき凹凸はあるのだが装束も含めて型取りの凹凸を完全に無視した色付けになっている。しかも表情に至ってはまるで一筆書きレベルだ。




饅頭喰い人形と言えば落語「三十石」でも京土産として登場するし、饅頭括りにすると「饅頭こわい」もある。

落語の楽しみは同じ演目でも噺家によっても異なるし、上方と江戸落語でも違って聞こえるし、更には同じ噺家でもその時々で変化するところだ。まず基本の型があって、それぞれの個性や技やタイミングで変容を遂げる。

そうこう考えていると、この饅頭喰い人形が仮でも別物でも何ものでも、もうそれはそれで良いのだと思えてしまう。


徳力富吉郎作 饅頭喰い


Sep 6, 2020

Stand by Me

この8月も暑かった。しかも今年は気軽に出かけられないという事情も加わり、否が応でも家に居る時間が長くなっている。

猛暑日の様子を伝えるラジオを消すと窓の外から蝉の大合唱が聞こえてきた。絵に描いたような夏空は空調が効いた部屋でも熱気を感じさせて、もう何もする気が起きない。こんな時は観念して映画を見るに限るのでタブレットを開いて『スタンド・バイ・ミー』を見ることにした。


1986年公開のこの映画をこれまで何度観たことだろう。細かい内容まで映像付きで覚えているくせに、それでもまた選んでしまうのは、この作品に登場するものが自分の中にある懐かしい記憶に触れる気がするからかもしれない。


夏の冒険、ジーンズと白いスニーカー、疎遠になった旧友との思い出、焚き火と空想話、怖いおじさんと犬…etc. 主人公と仲間たちのように「あるもの」を探して旅をした経験は無いし、そもそも設定は50年代のアメリカだし、本物の蛭も見た事は無い。けれどもこの物語が映す心情や光景に何処か懐かしさを感じてしまうのだ。


真っ直ぐに伸びる線路のカットから彼らの冒険は始まる。そのレールはこの物語だけでなく、この先も長く続く彼らの未来を表しているようにも見える。この旅が終わってしまうとそれぞれの人生に向かってレールは分岐し、やがて全く違う景色となる。そう思って映画を見てみるとこの作品における線路の存在はなんとノスタルジックなのだろう。過去を振り返って語る主人公の視線は、最後尾の車両から遠ざかる線路と景色を眺める時の感覚に似ているのかもしれない。



鉄道レールが記念品として配布される事があると知ったのはこのカットレールを手に入れた時だった。鉄やベークライトの塊に弱く、これが何かも知らずに手に入れた後に廃線記念等で販売されていると知ったのだ。それにしてもレールにまで愛を注ぐとは、鉄道愛好家の守備範囲の広さと深さに感動と尊敬を抱かずにはいられない。


しかし今回手に入れたものに関しては記念の刻印等は無く、更には塗装までされているので出自は全く不明だし、カットレールとして相応しいカタチかどうかも怪しい。けれども自分にはその方が都合が良い、ノスタルジックすぎるのは性分では無いのだ。


Feb 9, 2020

Forget you not

気がつけば2020年はとっくに始まっていて、もう2月になってしまった。

ゆく年もくる年もあまり実感のないまま過ぎてしまい、今頃になってスマートフォンに保存している2019年の画像を見返したりしている。音楽や香りも記憶を呼び寄せるきっかけにはなるけど、画像や映像のダイレクトさには敵わない気がする。2019年に撮った記録を見ているとその時の肌感覚まで強烈に思い返すものもあれば、すっかり消え去っていた記憶を連れ戻してくれるものもある。

記録に関するものといえばこんなものがある。



13.5x18.0cmの用紙に「旅の記録」というタイトル、楽しげなイラストは柳原良平氏によるもので、この他にもいくつかの場面が描かれている












これは富士フイルムが一般家庭用に開発した8mm映画の規格「シングル-8」システム用のカメラ及び周辺機器の販促品で、要は映画撮影時のタイトルバックらしく、当時のイベントがタイトルと共に描かれている。現代だとハロウィン辺りが採用されても良さそうだが、これが描かれた頃はきっとハロウィンだなんてテレビの向こう側の出来事で、まさか何十年後に渋谷のスクランブル交差点があんな騒ぎになるだなんて考えてもいなかっただろう。初詣のお母さんらしき人や花嫁の衣装も和装だったり、冬のレジャーもスノーボードでは無くスキーであるところなど、シンプルな構図の中からも時代性が見て取れる。



同封されている「タイトルの撮影法について」という説明書を読んでみると、確かにフジカシングル-8やフジクロームRT200という単語が登場する。富士フイルムのH.P.によるとシングル-8システムの発表とフジカシングル-8の発売は1965年、フジクロームRT200が発売されたのが1973年なので、この販促品もその前後に制作されたものと思われるが、もしかすると周辺機器が新発売される毎に説明書だけ改訂されていたのかもしれない。
また柳原氏と言えばサントリーのトリスシリーズが有名だが、サントリーの嘱託となり広告制作会社サン・アドを設立したのが1964年なので、サントリー以外の仕事を精力的にこなしていた頃ではないだろうか。



タイトルバックは全部で10種類あり、そのうち1枚は吹き出しがブランクになっていて「タイトル名を自分で書き入れてあなただけのタイトルとして利用して下さい」という気配りもきちんとなされている

柳原氏が描いたサントリー天国の表紙や山口瞳氏を初めとする書籍の装丁に使われた色は少しトーンを落とした色が多いのだが、これに関しては色がほぼ青・赤・黄・緑・紫・ベージュ・白のみで構成されてパキッと明るく、どこかディック・ブルーナ作品を連想させる。調べてみるとディック・ブルーナ氏と柳原良平氏は4歳違いのまさに同世代、そして「ちいさなうさこちゃん」の翻訳本が福音館書店から出版されたのはシングル-8システムが発表される前年の1964年である。当時の流行だったのか、メーカー側の指定だったのか、はたまた柳原サイドの発案だったのかは分からないが、真実はどうであれ妄想を巡らせるだけでも楽しい。更には旅の手段として描かれているのが柳原氏の代名詞である船(頭上には飛行機も)だというのも嬉しいポイントだ。

今ではスマートフォンでも高画質の画像や映像を残すことができるが、ビデオカメラが登場するまでは8mmが主流であり、フジカシングル-8のコマーシャルは誰にでも簡単に取り扱えるという意味で「私にも写せます」がキャッチフレーズだったそうだ。当時8mmカメラを手に入れて日常を撮影した人々が投影された映像を眺める表情と今私たちがスマートフォンに残した記録を眺める表情はきっと同じに違いない

いつの時代も人は記録することを望み、記録の残し方は人ぞれぞれだ。
入念に準備をして撮ったものも良いが、何気なく残した画像や映像が後になって思いがけずとても大切になる事もある。

忘れないために、いつでも思い出せるように、記録することを私たちはやめないのです。





Jul 8, 2018

Setting Free The Bears

好きな映画を順番に挙げていくと『ホテル・ニューハンプシャー』はかなり早い段階で登場する作品だ。
誰かのサクセスストーリーや感動的な実話ではないし、VFXを駆使したスペクタクル系のものでも無い。ファンタジーもブラックもごちゃ混ぜで、中には眉をしかめる場面もあるというのに時々強烈に観たくなってしまう。きっとあの独特な世界観の中で語られるある台詞が聞きたくて何度も観ているのだと思う、その場面はとても短いけれど毎回残像が頭を離れない、個人的にとても大切に思っている映画だ。
ホテル・ニューハンプシャーを取り巻く人々はどれも個性的な面々であるが、中でも熊はキーパーソン(キーアニマル?)だ。原作者であるジョン・アーヴィング作品の中でも熊は常連で、デビュー作『熊を放つ』に至ってはそのタイトルに堂々と登場しているほど。

日頃身近な熊といえば、北海道土産の定番である木彫りの置物にはじまり、パディントン、 プーさん、くまモン、ダッフィー 等など、意識しなくとも目にする機会はとても多い。それだけキャラクターとして愛されているにも関わらず、ある日森の中で実際に出会ってしまったら親しみよりも恐怖を感じてしまうに違いないなんて、人間と熊の関係もなかなか複雑だ。

さて、我が家に熊の新入りが登場した。もちろん親しみのある方の熊でイヌイットの石彫のもの。以前手に入れたものはどちらかというとデフォルメされたキャラクターっぽい風貌のものだったが、今回は小ぶりながらもリアルな後ろ姿に一目惚れした。


ラフな仕上げにも関わらず、石という素材感を超えて今にも動き出しそうだ。

後脚の裏側には作者名と思われるサイン"LUKE"が彫られている。年代はいつ頃のものかは分からないけれど、そんなに古いものでは無いような気がする。


そうこうしているうちにまた新たな熊に出会う、今度はシロクマで恐らく樹脂製のもの。オブジェというよりミニチュアトイの類いなのだろうけど、その朴訥とした表情に思わず連れて帰ってきてしまった。




シロクマといえばフランソワ・ポンポンが思い出されるが、こちらのシロクマも樹脂ならではのクリームがかった白がなかなかリアルで、夏の暑い日が似合いそう。

ジギーとグラフが放ったのは確かメガネグマだった。もし森の中でばったり出会うのがそのメガネグマ達だったら、怖がらなくても良いかもしれない。

Feb 12, 2018

It's a small world

我が家には昔からカブラの形をした小皿がある。要はカブラの白い根の部分が容れ物で葉の部分が持ち手になっている、よく見かけるタイプのものだ。その役割は主に生姜や大蒜のみじん切りを入れたり味見したりと、どちらかというと食卓よりも台所で見かけることが多い。他の小皿でも全く支障は無いのに、棚の奥にあってもわざわざ取り出すのは、カブラの小皿を使うと料理が美味しくなる気がするからかもしれない。

カブラに限らず果物や野菜の形をしたものには不思議な魅力がある。メキシコからやってきたバナナの貯金箱もその一つで、視界に入ると思わず口元が緩んでしまう。
メキシコで果物や野菜といえばペーパーマッシュ(インドやメキシコで作られる張子のようなもの)が連想されるけれど、これは陶製のもの。しかも根元が輪になっているので何処かに引っ掛けたり吊るしたりできる仕様になっているが・・・今のところその使途は不明。それにしても肝心のお金を入れる部分はかなりラフで、刃物跡もくっきりと見て取れるほどだ。

さてバナナの次はみかんの貯金箱、これは日本のもの。
表面のブツブツや(油胞というらしい)葉の具合など丁寧に作られていて日本らしい真面目さが漂う。


その他に桃とトマトとりんごも。これらはどれも貯金箱では無く、プラスチックが主流になる以前の陶製の玩具。色付けのグラデーションも美しくリアルさも増しているので、みかんの貯金箱とは年代や種類が異なるものと思われる。

日本とメキシコ、それぞれに作られた果物モチーフの貯金箱を見ていると、
言葉や気候が異なっていても人が思いつくのは同じような事であると教えてくれる。物を集める中で時々こうやってトランプゲームのように国境や時代を越えた共通項を見つけるのはとても楽しく、またしても口元が緩む。サイズ感も同じなので並べてみても違和感は全く無い。


メキシコといえばフリーダ・カーロが最初に思い浮かぶが、そういえばフリーダの作品には果物が頻繁に登場するし、彼女の最後の作品はスイカの絵だ。
スイカの貯金箱だとなかなか貯まりそうに無いので、出会える確率は低いかもしれない。

Jan 1, 2017

長樂萬年


明けましておめでとうございます。


本年も何卒よろしくお願い申し上げます。


鯛持大黒天の土人形
鯛抱や鯛乗り、鯛担ぎなどなど鯛といえばえびすや童子のものが多い中、これは珍しく大黒天。

この1年も楽しくて佳きものを見つけていきたいと思います。

2017年 元旦


Dec 27, 2016

New Items

オニオングラタンスープ用のボウル
Mr. Peanut氏が登場するタンブラー
ベークライト製のダイス

3点をachikochiz shopにアップしました。
詳細はこちらからどうぞ。





Oct 7, 2016

Dear Mr. Peanut

その人はいつもピカピカのトップハットを被っている。
片眼鏡をかけ、白手袋をした手にはステッキ、黒靴に白のシューズスパッツの組み合わせを愛用している。

その人の名前は Mr. Peanut 、常に微笑みを忘れない紳士である。


ピーナッツ氏はアメリカにあるプランターズ社のブランドアイコンとして1916年に誕生し、めでたくも今年で100歳になられた企業マスコットキャラクターの先駆けである。
一般公募で選ばれたアントニオ少年のデザイン(ピーナッツに手と足が生えたシンプルなもの)に広告デザイナーがトップハットと片眼鏡、ステッキを追加したものが原型なのだそうだ。
その後の長い歴史の中でピーナッツ氏は度重なるマイナーチェンジを繰り返し、メリエスの月世界旅行に出てきそうな風貌から始まり、上記画像のようなお馴染みのデザインを経て現在ではスタンリー・ザ・マスクのような3Dアニメ風となって日々広報活動に勤しんでおられる様子、まだまだ現役です。(100年間におけるピーナッツ氏の華麗なる変身はこちら。)


今回そんなピーナッツ氏が登場するグラスが良い状態で見つかったので、10月末に神戸で開催する出張ブロカント『アチコチズストア』にて販売する予定。パキッと清々しい青と黄はプランターズ社のシンボルカラーであり、この意匠はそもそもブリキ缶のパッケージに使用されていて同社では長い間定番商品だったもの。それをそのままグラスにしたこちらはピーナッツ氏も一番馴染みのある頃の姿をしているので(1980年代前半のものと思われます)、是非とも手にとって直接ご対面いただければと思います。

個人的にMr.Peanut愛好者として忘れてはいけないのがイラストレーターの安西水丸さん。
作品やアトリエ風景の中にピーナッツ氏の姿を確認して以来、勝手に親近感を覚え、ますますファンになったものだ。安西さんの緩やかな線で描かれるピーナッツ氏を眺めると、つくづく絵になる紳士だと思うのです。

『ニュースと時報』1986年

Aug 30, 2016

Good and Bat

バットマンが何故バット(蝙蝠)なのかについては、たしか主人公が悪人に恐れを抱かせる象徴が必要だと思った時に自らのトラウマであり最も恐れている蝙蝠をそれに選んだ、といったような内容だったと記憶している。蝙蝠は恐怖や不吉なものの象徴という扱いだ。

しかし今回出会った蝙蝠は恐怖の象徴とは真逆の福をもたらす蝙蝠、しかも印籠という珍しいもの。所変われば品も変わるように、蝙蝠は中国では「蝠」と「福」が同音であることから代表的な吉祥文様として好まれ、蝙蝠文として陶磁器や調度品に使用されている。カステラの福砂屋の商標も吉祥を意味する蝙蝠文様で、両翼を広げた黒いあのマークと言えばイメージし易いかもしれない。


この木製の印籠に登場する蝙蝠は文様ではなく、蓋部分に鎮座する格好で彫られている。本体である下部分の内側は容器の役割を果たすように小さくくり抜かれ、蓋と本体の接合部分は凸凹で密閉できる構造となっている。現代の加工用語でインロー式やインロー構造と呼ばれるのは正にこの印籠の作りが由来だそうです。


続いて本体部分表面を見ると両面に吉祥図案で「寿」の文字が刻まれていることが分かる。この蝙蝠と寿の組み合わせはとてもめでたいものなので好んで使われることも多いらしく、なるほど仲良く並んだ後ろ姿も愛らしい。


それにしても、翼を広げていないからか真正面から見てもイメージする蝙蝠とは少々異なる。売り主のおじさんは顔が蝙蝠で身体は人間と言っていたが、確かに蝙蝠というよりガーゴイルやキメラの怪物を連想させる容姿である。(ちなみにこれを購入したのは韓国で、おじさんも吉祥文様や印籠については詳しくなく魔除けの一種なのでは?という見解だった)

しかし人間の身体というのもいまいち判別できず、印籠である事や寿の吉祥図案との組み合わせを考えると蝙蝠とするのが一番自然なのだが、もしおじさんの言う通り蝙蝠の顔を持つ人間だとすると・・・それこそバットマンということに・・・。

まあそれはそれで悪くないなと思っているのです。

Jun 25, 2016

Bakelite

ビリヤード、ダイスゲーム、麻雀。
どれもプレイヤーには向いていないが、その音を聴くのは好きだ。

緑色の羅紗の上でボールやダイス、または牌がたてる音はコロンでもコトンでもなく、ゴロンやドスンという低くて深みのあるもので、もしそれらがベークライト製であるならば尚更である。

ベークライト(フェノール樹脂)は1907年にレオ・ヘンドリック・ベークランド氏が開発した最初の人工的なプラスチック素材で、現在主流となっているプラスチックはベークライトから派生、開発されたものと言える。
今でこそ大部分が新しいプラスチック素材に取って代わられてはいるが、シャネルのバングルに代表されるようにアクセサリーに使用されたり、ボタンやカメラ、黒電話など当時は様々なものがベークライト製であった。(ビリヤードのボールはかつて象牙で作られておりその入手に関する問題で象牙からセルロイド、ベークライトへと変遷し、現在は硬質プラスチック製が主流となっている。)
現在身の回りにあるプラスチック素材を思い浮かべると、ベークライトがいかに画期的な素材であったことがうかがえる。

またベークライトはプラスチックに比べ重いのも特徴の1つである。
アルミ鍋より琺瑯鍋、12.5オンスより14オンス、と重量(厚み)のあるものが好きなので、ここはやはりプラスチックよりもベークライトということになる。

前置きが長くなってしまったが、古いベークライトのダイスをここに。


1番大きい黄色のもので4.5㎤ &150gと程よい重さ。
このひんやりとした手触りと重みがたまらなく、訳もなく手に取ってしまう。
見た通り、目も数字も何も刻まれていないので厳密にはダイス風なのだが、どこをどう探しても持ち主に博才は無さそうなのでこれぐらいが丁度良いのでしょう。


Sep 14, 2015

Voyage

船旅に憧れている。
けれども実際はせっかちで向いていないのも分かっている。



船に呼ばれた日に出会ったブリキ船を2隻。
どちらも昭和40年代頃の日本のもので、横顔がトリコロールカラーの
ものは前方にあるハンドルを廻すと動く仕掛けになっている。
煙突が赤×白のボーダーの方は、所謂ポンポン船と呼ばれるタイプで
船内を通る管に水を入れ、火の付いたろうそくを横にして入れると
まさにポンポンと音を立てながら水蒸気の圧力で進むらしい。

操縦する人物の表情も真剣そのもの。



玩具と言えども手が込んでいて、人物以外にも錨やハンドル、
メーターパネルの目盛りまでも細かく描かれている。
がしかし、こんなに凝った作りなのにどちらにも船名が無い。

船名が無いのならつけてしまおうと、目下頭をひねる毎日なのです。