Jul 26, 2017

フレーミングの法則

その美しい表紙を見た時、とても不思議な感覚に陥った。この作品を知っているはずなのに、記憶のものとはどこかが決定的に違うのだ。


表紙を持ったまま首をかしげる事しばし、なんとか記憶の引き出しから小村雪岱を取り出す事に成功。厳密には小村雪岱の「雪の朝」という作品の一部。(下画像の左ページが作品の全体像)

これはアムステルダム国立美術館(RIJKSMUSEUM)で2016年に開催された日本版画の収集家エリーズ・ウィッセル(ELISE WESSELS)氏のコレクション展
"JAPAN:MODERN. JAPANESE PRINTS FROM THE ELISE WESSELS COLLECTION"
の図録、これがたいそう面白い。
青〜黄緑〜ピンクと美しいグラデーションになっているPP素材のケミカルなカバーに版画が包まれているという対比もユニーク。
裏表紙には「JAPAN:MODERN ジャパン モダン」の文字

表紙だけでも既に前のめりだったのが、ページを進めていくともっと心を奪われた。
小早川清の脚

川西英と前川千帆の波止場

川西英と川上澄生の夜の群衆

ところどころに挟み込まれれたこれらのクローズアップは、選び方や切り取り方が面白く図録全体にリズムをもたらしている。作品の全体像と見比べていると、まるで実際の会場で遠くからだったり近づいたりしながら見ているような気分だ。
小泉癸巳男「羽田空港飛行場」1937年



右ページ 恩地孝四郎「ダイビング」1932年


この図録の素晴らしいところはセンスの良い構成だけでなく資料としてもとても優れている点。歌川広重や葛飾北斎、菱川師宣等の浮世絵(TRADITIONAL JAPANESE PRINTSと明記)に始まり、コレクション展のメインテーマである創作版画"CREATIVE PRINTS"と新版画"NEW PRINTS"についてその成り立ちと歴史に関するマニアックな解説(版元の渡辺庄三郎や小林文七の名前まで出てくる!)、またそれぞれの代表的な作家(前者は山本鼎や樋口五葉等、後者は伊東深水、川瀬巴水等)についても詳細な情報が記載されている。
特に20世紀前半の50年間で変貌する日本の文化や混沌の様子(特に大都市となる東京)を創作版画と新版画が記録しているという内容(たぶん)の解説が印象的だった。

恩地孝四郎 L'outomne(左) L'hiver(右)1927年

川瀬巴水 二重橋の朝 1930年(左) 相州前川の雨 1932年(右)

深沢索一 昭和通ガソリンや 1933年(左) 諏訪兼紀 浅草 1930年(右)

小泉癸巳男 東京駅と中央郵便局 1936年

辞書を片手に作品と解説の間を何度も行き来するのは苦しくも楽しい作業だ。アムステルダム国立美術館の場所はとっくに確認済みである。