Jun 30, 2017

Warp and Weft

布を買ったのは久しぶりのことだ。
とは言え、今のところ壁掛けでは無く外套的な意味で肩から掛けて使うつもりなので、マントもしくはショールと呼ぶ方が相応しいかもしれない。
まあ壁掛けでもベッドカバーでもマントでも、この布がとても素敵なのは疑いようがなく、目に飛び込んできた瞬間アタマの中で歓喜の鐘が高らかに鳴り響いたのだった。


これはインドとミャンマーの国境付近に暮らすナガ族(ナガランド州に住む複数の部族の総称)のもの。売り手であるティモールテキスタイルの岡崎さんの説明によると、この布は現代のもので素材はコットン、染めは化学染料が使われていると思われるが刺繍は手によるもので伝統的な要素が図柄になっているのだそう。
ナガ族についてはそれまで耳にした事が一度も無く、ユニークな刺繍にばかり目がいっていたのだけれど、かつては首狩りを行なっていた部族という事実を聞き衝撃と同時にこのインパクトある刺繍とのギャップにナガ族についてもっと知りたいと思った。早速図書館に行っていくつかの文献を手に取ってみるも、ナガ族及びナガランドに関するものは予想以上に少なく、19世紀にイギリスがインドとビルマを植民地化するまではほぼ未開の地であった事、また2011年に入域規制が解除されるまでは外国人の入域を厳しく制限していた事等、歴史的背景によって情報量が限られる事を知り、刺繍された図柄の意味を探すのは容易では無いことだけは判明した。


それでも刺繍と文献の間を何往復かするうちに、いくつか手がかりのようなものを見つける事ができた。上の画像右下にある動物の角の間に人がいる図柄はそれぞれの村にひとつあるという門に施された大きな装飾でとても似ているものがあった。刺繍との違いは門では動物(ミトンと呼ばれる大型の牛と思われる)の角は人間の首に向かって弧を描き、頭上で人の首を挟んでいる(刺さっているとも言える)ような構図になっている点。門はかつて夜間や襲撃の際には閉められていたそうで、いわゆる砦としての役目とそれぞれの村を表わす象徴としての役割もあるのだろう。が、流石にそのままを図柄にするの少々刺激が強すぎるので刺繍ではソフトな表現に、ということだろうか。(その割には頭が血だらけの動物もいらっしゃるような気が・・・。)



動物も数種登場しているが、特に牛は生活に欠かせない存在らしく、牛を引いているような図柄も見られる。また前述のミトン牛や水牛が持つ大きな角は杯や角笛としても使われているようで、角笛らしきものも。


そういえば調べる中で何度か目にしたのが角杯やバナナの葉で作ったカップにズトーという酒を入れて飲んでいる場面(特にお祭りの場面)。ズトーは米を粉状にして発酵させたライスビールで、その工程について「一昼夜水につけた米を臼と杵で衝く」という説明がある。とすると角笛の隣で2人の人間(?)が棒を刺している風の図柄も臼と杵に見えてくるから面白い。米を主食とする農耕民であり、同時に狩猟・牧畜民族でもあることを知ってから刺繍に目をやると、確かに彼らの暮らしの一場面であることが良く分かる。ちなみにナガ族はズトーの他にも納豆や漬物に似た発酵食品を食べるそうだ。


またナガ族は布(ショール)を男女問わず様々な場面で使用していて、普段は衣類代わりに身体に纏ったり、スカートのように腰に巻いたり、時には子供や道具をくるんでスリングのようにして身体から下げてたりもしている。正装の際に身に付ける布はどれも色や柄が鮮やかで美しく、中でも長老だけが纏う「リケツラ」というショールは幾何学的な図柄が刺繍orアップリケで施されているようなのだが、何度見てもその頁で手が止まるほど美しい。

岡崎さんはナガ族の殆どがキリスト教に改宗した事でこういった伝統的な図柄も残ったのではないかと話されていた。もちろん改宗したことで失われた伝統(首狩りもそのひとつ)も多分にあるようだが、偶像崇拝を厳しく禁じるイスラム教だとこの素敵な布とも出会えなかったのかもしれない・・・。色々調べていくうちにこの布に対する見え方もどんどん変わっていく。

なんとなく気に入って手にしたデザインやシルエットが実は遠くの国の歴史や宗教的背景と密接に関わってる、そんな当たり前だけれど忘れてしまいがちな事実を強烈に思い出したら、沢山の偶然や必然を経て今手元にあるモノたちがより愛おしくなった。
ナガ族との付き合いはまだ始まったばかりだ。


美しいものは裏側もキュート。


参考文献:「入門ナガランド」多良俊照 社会評論社
     「秘境ナガ高地探検記」森田勇造 東京新聞出版局
     「写真で見るアジアの少数民族(南アジア編)」森田勇造  三和書籍