Jan 9, 2017

¿Quién es él?

昨年末のこと、いつもの如くスルスルと吸い込まれ入店した古書店でこれを見つけてしまった。

フランスのワインメーカーNICOLASのカタログ、1953年のもの。
NICOLASのワインカタログは"A"のブログにもたびたび登場し、すっかり影響を受けて以来、運と縁に任せて集めている
今回は古書店に入るや否や鮮やかな色が視界の隅に入ったのでそちらに目をやると、サイズ感や綴じ方で遠目でもNICOLASのそれだと分かる。が、見つけたカタログは黒を背景に金色に輝く不思議な横顔が表紙を飾っている、一体これは誰だろう。

早速店主に中を見せてもらうと目の前に美しいイラストが現れ、謎の横顔についてはあっさりと解決する
剣と盾orサーブルらしきものが描かれた見開きに"DON QUICHOTTE"の文字。ということは表紙を飾っていたのは物語「ドン・キホーテ」の主人公、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャその人だった。
詳しく頁を見てみると
"ILLUSTRATION DE LÉON GISCHIA" 
 "ORNEMENTS D'ALFRED LATOUR"と印字されている。
まずイラストを担当したLéon Gischia(レオン・ジシア)について調べてみるも、フランスの画家でレジェに師事し1937年のパリ万博で壁画を製作、舞台美術家でもあったというぐらいしか分からない。堪らずここで"A"にヘルプを要請してフランスでの情報を調べてもらう。以下"A"がサクサクと調べてくれた情報のまとめ

Léon Gischia(1903-1991)は芸術学と考古学を学び、超名門のルイ・ルグラン高校に入るほどの頭脳の持ち主で兵役(なんと航空部隊!)を経験した後、アメリカに滞在しヘミングウェイやカルダーと親交を持つ。その後フランスに戻り、レジェと近しくなり共にパリ万博でコルビュジェ設計のパビリオンのデコレーションを担当。Salon de Maiの創始メンバーで演劇界でも仕事を残した。画風は大きく3時代に分かれ、1917年から1942年までは風景・静物・肖像を多く描き、デッサンも多数。マティスやフォーヴ派の影響が見られる。1942年から46年まではレジェやピカソらキュビスムの影響が見られ、この頃には画風がかなり単純化されグラフィカルになる。1960年から亡くなるまではさらに抽象的な画風になり、矩形や円の構成になった。

航空部隊を志願出来る程の秀才であり、絵画の才能も持ち合わせていたジシアが不器用なドン・キホーテを描いたこのカタログは1953年に発刊されたもの。"A"の情報から推察すると、ジシアの画風がキュビズムから影響を受け更には抽象画へと変化を遂げる過程の作品という事になる。

では気になる頁を進めて参りましょう。
物語の冒頭、騎士道物語を読み耽るドン・キホーテ。マティスの切り絵を彷彿とさせる。

城主と思い込んだ宿屋の主人に叙任式をしてもらっているシーン。"VENTA"(La venta)はスペイン語で宿の意味らしい。

前編のハイライト、風車に向かうシーン。左頁の余白の使い方も良い。


ライオンの檻に向かうシーンは見開きで。


物語の最後、城に戻るシーンにはトボトボ感が溢れている。奥にはサンチョ・パンサらしき人物も。
右頁の1枚の葉は前の持ち主が栞代わりにでも使っていたのだろう、古いオブジェのように堂々とした佇まいでそこに在ったので勿論このままにしておくことにする。

それにしても今回のこのカタログは細部にまで細かくデザインが配されているのも素晴らしいところ。

見返し部分のデザインと裏表紙も見逃せない。




恐らくこういった全体の意匠を担当したのが"ORNEMENTS D'ALFRED LATOUR"と記されたAlfred Latour(1888-1964)ということなのだろう。Wikipediaで調べてみると確かに1934年からNICOLASとコラボレーションを開始したと記載されている。そこで気になるのが"ORNEMENT"という言葉、再び"A"に質問すると日本語の「オーナメント」でイメージする通り「装飾や飾り」という意味だそうで、レイアウトとアート・ディレクションを担当したグラフィックデザイナーの当時の呼称だろうとの事。恐らくまだデザイナーという単語が浸透していない時期のものであり、呼称の変遷まで知る事が出来て得した気分になる。

実は謎の横顔に気を取られて最初は気づかなかったのだが、表紙の下の方にはこんな一文が小さく印字されている。
SOUS LE SIGNE DU "CHEVALIER A LA TRISTE FIGURE"
『「哀しき表情の騎士」の看板の下に』とでも訳せば良いのだろうか・・・(自力翻訳につき自信は無い)。
いずれにせよ、初めて見た時と今ではその横顔は全く異なって見えるのです。